すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。(テサロニケへの手紙第一5章18節)

1.伝道者の書3章1節ー11節
2. ローマ人への手紙8章28節ー39節
3.ピリピ人への手紙4章6節ー7節
4.ヘブル人への手紙12章2節ー12節

神である主はダビデにダビデの子孫に関して「わたしは彼にとって父となり、彼はわたしにとって子となる。もし彼が罪を犯すときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。しかし、わたしは、あなたの前からサウルを取り除いて、わたしの恵み(口語訳:あわれみ、英語訳:愛)をサウルから取り去ったが、わたしの恵みをそのように、彼から取り去ることはない。(サムエル記第二7章14節ー15節)」と約束されました。ヘブル人への手紙12章10節ー11節は「霊の父は、私たちの益のため、私たちをご自分の聖さにあずからせようとして、懲らしめるのです。すべての懲らしめは、そのときには喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に平安な義の実を結ばせます。」と語っています。キリスト者を迫害していたにもかかわらず使徒とされたパウロは神の恵みと神の愛を知る者となられ、「神を愛する人々、すなわち神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。(ローマ人への手紙8章28節)」と、「罪の増し加わるところには恵みも満ち溢れました。それは、罪が死によって支配したように、恵みが、私たちの主イエス・キリストにより、義の賜物によって支配し、永遠のいのちを得させるためなのです(ローマ人への手紙5章20節)。」と語っています。私たちはさまざまな失敗を繰り返しながら生きていますが、十字架で示された神の愛や恵みを深く知る機会に変えられるのではないでしょうか。パウロが「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」と勧めているように、すべての事を感謝して生きるようにしようではありませんか。