神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」(イザヤ書30章15節)

1.サムエル記第一30章1節―30節
2.詩篇4篇1節―8節
3.哀歌3章22節―41節
4.イザヤ書40章27節―31節

バプテスマを受け水から上られたイエス様の上に聖霊が鳩のように下ると、天から「これは、わたしの愛する子、わたしはこれを喜ぶ」との声がありましたが、聖霊に満たされたイエス様は御霊に導かれて荒野で悪魔の試みに会われたように、パウロが「終わりに言います。主にあってその大能の力によって強められなさい。悪魔の策略に対して立ち向かうことができるために、神のすべての武具を身に着けなさい。私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。(エペソ人への手紙6章10節―12節)」と語っているように、キリスト者も悪魔の試みに会うので、思い煩ったり、恐れたり、パニック状態に陥ってしまうようなことがありますが、今日の聖句は「神である主、イスラエルの聖なる方は、こう仰せられる。『立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。』」と勧告しています。ヨシャパテは大軍が攻めて来るのを知り、恐れ、断食して祈りましたが「私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。」と自分たちの弱さを告白するとともに「ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」と申し上げると、主は預言者をお遣わしになり「あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。」と仰せられ、ヨシャパテもすべての民が主を礼拝し、主を賛美すると主ご自身が約束されたように伏兵を設けて敵を打ち負かさせ、残党は同士討ちをして勝利を与えられたのでした(歴代誌第二20章1節―23節)。予想外や予定外のことが起きた時、想像力を働かせて、恐れたり、思い煩ったり、心配する代わりに心を沈め、主がどのような方なのかを、主が「雀一羽でも、あなたがたの父のお許しなしには地に落ちることはありません。(マタイの福音書10章29節)」と仰せられたことを思い起こし、主の力が注がれるように、すべてのことを益としてくださる主を信頼して生きるように心がけようではありませんか。