主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです。(ローマ人への手紙4章25節)
1.ローマ人への手紙3章23節−28節
2.ローマ人への手紙5章17節−21節
3.コリント人への手紙第一15章12節−22節
4.エペソ人への手紙2章2節−9節
ペテロが「あなたは、生ける神の御子キリストです。」と告白すると、イエスさまは、ご自分がキリストであることをだれにも言わないように戒めてから、ご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、そして三日目によみがえらなければならないことを弟子たちに示し始めされると、ペテロは「主よ。神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずがありません。」と、ちょうど主がアダムに「善悪の知識の木から取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ(創世記2章17節)」と警告したのに、主の警告を直接聞いていなかったエバに「あなたがたは決して死にません。」と、主のことばを否定したように否定したので、イエス様のことばを否定したので、イエス様は「下がれ、サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ(2017年訳:つまずかせるもの)。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」と仰せられたのでした。パウロが「主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえがえられたからからです」と十字架の死と復活を語っているのは、「もしキリストがよみがえらなかったら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。(コリント人への手紙第一15章17節)」と、「罪から来る報酬は死です。」と語ってから「しかし、神の下さる賜物は、私たちの主イエス・キリストにある永遠のいのちです。(ローマ人への手紙6章23節)」と語っているように私たちの信仰はむなしいものでないことを心に据えて、恵みによって救われ、義人とされていることをわきまえて生活するように心がけようではありませんか。