知恵ある者のことばは突き棒のようなもの、編集されたものはよく打ちつけられた釘のようなものである。これらはひとりの羊飼いによって与えられた。(伝道者の書12章11節)
1.エズラ記9章5節ー8節
2.詩篇94篇11節-12節
3.イザヤ書22章22節ー24節
4.コリント人への手紙第一1章18節ー25節
主を愛していたソロモンに主が「あなたに何を与えようか。願え。」と仰せられると、ソロモンが「善悪を判断してあなたの民をさばくために聞き分ける心をしもべに与えてください。さもなければ、だれに、このおびただしいあなたの民をさばくことができるでしょうか。」と申し上げると、その願いは主の御心にかなったので、主は彼に知恵の心と判断する心を与えられただけでなく、彼が願わなかった富や誉を与えられたのでした。シェバの女王はソロモンの知恵や栄華に驚嘆し、「主はほむべきかな。」(歴代誌第二9章1節ー8節)と言いましたが、ソロモンはまず「エルサレムでの王。ダビデの子、伝道者のことば。」と、ご自分のことを伝道者と称されてから、神から与えらた知恵と判断する心をもってこの世のあらゆる分野を探索した結果、「空の空。伝道者は言う。空の空。すべては空。(伝道者の書1章2節)」と、この世のものによって心の豊かさを得ることができないこと語る一方「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」と、イエス様h「『心を尽くし、思いを尽くし、知力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。』これがたいせつな第一の戒めです。」と仰せられたことと同じことを悟ったのですが、興味深いことにソロモンは「知恵ある者のことばは突き棒のようなもの、編集されたものはよく打ちつけられた釘のようなものである。これらはひとりの羊飼いによって与えられた。」と語っています。「つき棒」は羊の群れを導くときに使う道具で、羊が間違った方に行きそうな時にはつき棒で羊を立ち直すために用いられた杖でもありました。ソロモンは知恵ある者となりましたが、その知恵は主によって与えらたものであるがゆえに「ひとりの羊飼いによって与えられた。」と語っているのではないでしょうか。よく打ち付けられた釘、すなわち、揺るがない永遠のいのちのことばを持っておられ、神の力、神の知恵であり良い羊飼いである主のことばを、いのちのみことば(ピリピ人への手紙2章16節)をしっかり握って生きるように心がけようではありませんか。