あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。(エペソ人への手紙2章8節―9節)

1.マタイの福音書20章1節―14節
2.ルカの福音書23章32節―43節
3.ヨハネの福音書1章9節―17節
4.コリント人への手紙第一15章3節―11節

イエス様が永遠のいのちを得るためにはどんな良いことをしたらよいのかを尋ねた青年に、「もしあなたが完全になりたいのなら、帰って、あなたの持ち物を売り払って貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」と仰せられたのですが、彼は多くの財産を持っていたので悲しんで去って行ったので、「金持ちが神の国に入るのはむずかしいことです。まことに、あなたがたにもう一度、告げます。金持ちが神の国に入るよりは、らくだが針の穴を通るほうがもっとやさしい。」と話されたので、弟子たちが「それでは、だれが救われるのでしょう。」と言ったので、イエス様が「それは人にはできないことです。しかし、神にはどんこともできるのです。」と仰せられた時、ペテロが「ご覧ください。私たちは、何もかも捨てて、あなたに従ってまいりました。私たちは何がいただけるのでしょう。」と尋ねたので、やがて十二の部族の座に着いて、イスラエルの十二の部族をさばくようになることや永遠のいのちを受け継ぐことを話されてから、「天の御国は、自分のぶどう園で働く労務者を雇いに朝早く出かけた主人のようなものです。」と仰せられてから、仕事もなく何もしない人たちに「相当のものをあげるから。」と言ってぶどう園で働くように勧め、夕方、主人が9時から、12時から、午後3時や5時から働いた人たちに一デナリを主人が与えると、朝早くから働いた人はもっと多くもらえると思っていましたが、一デナリしか与えられなかったので主人に文句を言うと一日一デナリの約束であったことを指摘したのでした。他の人々は「「相当のものをあげるから。」という主人のことばを信じて働いて報酬を得たのでした。イエス様から「あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と言われた犯罪人は午後5時の人ではなかったでしょうか(ルカの福音書23章42節ー43節)。今日の聖句「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行いによるのではありません。だれも誇ることのないためです。」を忘れずに、救われていることを喜んで生きようではありませんか。