主を恐れることは、知恵の初め。これを行う人はみな、良い明察を得る。主の誉は永遠に堅く立つ。(詩篇111篇10節)

1.箴言9章7節―10節
2.ヨハネの福音書9章13節―38節
3.コリント人への手紙第一1章18節―31節
4.ヤコブの手紙3章13節ー17節

ピラトが祭司長たちや律法学者、ユダ人の指導者たちや民衆に「あなたがたは、この人を、民衆を惑わす者として、私のところに連れてきたけれども、私があなたがたの前で取り調べたところ、あなたがたが訴えているような罪は別に何も見つかりません。ヘロデとても同じです。彼はわたしたちにこの人を送りお返しました。見なさい。この人は、死罪に当たることは、何一つしていません。だから私は、懲らしめたうえで、釈放します。」と言ったにもかかわらず、彼は犯罪人バラバを釈放してイエス様を「十字架だ。十字架につけろ」と大声で主張し続けたので、イエス様は十字架にかけられることになったのでした。十字架にかけられたイエス様は「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」ととりなして祈られたのですが、彼らは「あれは他人を救った。もし、神のキリストで、選ばれた者なら、自分を救ってみろ。」とあざ笑ったのですが、兵士たちもあざ笑い、十字架にかけられていた犯罪人のひとりも「あなたはキリストではないか。自分と私たちを救え」と悪口を言ったのですが、もうひとりの犯罪人は「おまえは神をも恐れないのか。おまえも同じ刑罰を受けているではないか。われわれは、自分のしたことの報いを受けているのだからあたりまえだ、だがこの方は、悪いことは何もしなかったのだ。」とたしなめてから、「イエスさま、あなたの御国の位にお着きになるときには、私を思い出してください。」と申しあげると、イエス様は「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」と仰せられたのでした(ルカの福音書2313節―43節)。祭司長や律法学者、パリサイ人たちユダヤ人の指導者たち、犯罪人の中で、今日の聖句が「主を恐れることは、知恵の初め。これを行う人はみな、良い明察を得る。主の誉は永遠に堅く立つ。」と語っているように、神を恐れ、良い明察を得たのはひとりだけでした。どんなに知能指数が高くても、高学歴であっても創造者なる神を知らないなら、この世や人の知恵にほんろうされて、良い明察を得ることができないのではないでしょうか。主がどんな偉大な方であるかを忘れないようにしようではありませんか