どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせてくださいますように(2017訳:向けさせてくださいますように)。(テサロニケへの手紙第二3章5節)

1.ヨハネの福音書539節―44
2.テサロニケへの手紙第一1章2節ー7節
3.テサロニケへの手紙第二1章3節ー12節
4.テモテへの手紙第一6章9節ー11節

イエス様は「『自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め』と言われたのをあなたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。それでこそ、天におられるあなたがたの父の子どもになれるのです。天の父は、悪い人にも良い人にも太陽を上らせ、正しい人にも正しくない人にも雨を降らせてくださるからです。(マタイの福音書5章43節―45節)」と、主を信じる者は神の子とされていますが、神の子とされた者が実際どう生きるべきかを教えられるとともに、十字架にかけられたイエス様は「父よ。彼らをお赦しください。彼らは自分で何をしているのかわからないのです。(ルカの福音書23章34節)」ととりなして祈られただけでなく、ご自身を「なだめの供物」としてささげられ神の愛がいかなるものであるかを実践されたのでした。ローマ人への手紙5章5節はキリスト者には聖霊によって神の愛は与えられていること、ヤコブの手紙1章1節―3節は「私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。その忍耐を完全に働かせさない。そうすれば、あなたがたは、何ひとつ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者になります。」と忍耐はどのようにつちかわれるかを語っています。人間関係や試練に悩まされる時、自分の力や努力では神の愛とキリストの忍耐を持つことができないことを悩むのではなく、パウロの「どうか、主があなたがたの心を導いて、神の愛とキリストの忍耐とを持たせてくださいますように(向かわせてくださいますように)」という祈りを思いこして、神の愛とキリストの忍耐を持つことができるようにしてくださる恵みとまことに満ちておられ、心を主に立ち返るように翻すことのできる主に拠り頼んで生きようではありませんか(列王記第一18章37節)。