生まれる前から、私はあなたに、ゆだねられました。母の胎内にいた時から、あなたは私の神です。(詩篇2210節)

1.イザヤ書463節―9
2.ルカの福音書126節―38
3.エペソ人への手紙1章3節―6節

ヘブル人への手紙1章1節―3節は「神は、むかし父祖たちに、預言者たちを通して、多くの部分に分け、また、いろいろな方法で語られましたが、この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。神は、御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。御子は神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れであり、その力あるみことばによって万物を保っておられます。また、罪のきよめを成し遂げて、すぐれて高い所の大能者の右の座に着かれました。」と、イエス様が人としてこの世に遣わされなくてはならなかった理由を語っているように、すべての人の存在には意味があることを考える必要があるのではないでしょうか。しかし、人は神によって創造された被造物の存在でありながら、神が食べることを禁じた善悪の知識の木から取って食べても「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」という悪魔の偽りのことばを信じて食べて罪を犯したことによって、自分たちの考えで神々を造り、人を創造された神をないがしろにする生き方をするようになってしまったのでした(創世記2章17節、創世記3章4節)。ところで、エペソ人への手紙1章3節―4節は「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。」と、おどろくべきことを語っています。イザヤ書46章3節に、神は私たちが生まれる前から母の胎内にいるときから背負ってくださっていることを語っています。今日の聖句「生まれる前から、私はあなたに、ゆだねられました。母の胎内にいた時から、あなたは私の神です。」と、イエス様は「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。(ヨハネの福音書15章16節)」と仰せられました。キリスト者はキリストにあって神に選ばれた者であることを自覚し、主が喜ばれるように生きようではありませんか。