いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。(ヨハネの福音書6章63節)

1.ヨハネの福音書107節―10
2.ローマ人への手紙718節―87
3.テモテへの手紙第二3章16節ー17節
4.ヨハネの手紙 第一51節―13

毎日コロナの感染者数や医療体制、ワクチンの開発に各国が競いあっていることなどが報道されていますが、人の知恵は薬を開発することはできても死の解決を与えることはできません。神は人に知性を与えてくださいましたら、肉体のいのちに対する医学による治療は大切ですが、医学が神にとって変わってしまう危険性があるのではないでしょうか。イエス様は「いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。」と仰せられましたが、イエス様が使われた「いのち」はギリシャ語の「ゾーエ」であり、そのいのちは死によって滅ぼされるようなもろいものではなく、死に勝利したいのちであり、永遠のいのちを意味しています。イエス様はユダ人の指導者ニコデモに「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」と仰せられると、彼が「人は、老年になっていて、どのように生まれることができるのですか。もう一度、母の胎に入って生まれることができましょうか。」と尋ねたので、イエス様は「まことに、まことに、あなたに告げます。人は水と御霊によって生まれなければ、神の国に入ることができません。肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。(ヨハネの福音書3章1節―7節)」と、すべての人は母の胎に宿ってからこの世に生まれるように、神の国を見るために、神の国に入るためには御霊による新生が必要であることを話されたのでした。仏教思想に、輪廻転生、すなわち人は何度も生死を繰り返して新しい生命に生まれ変わるという教えがありますが、生きていた時の悪い行いの程度によって何に生まれ変わるかが決定されるのですが、再び人として生まれ変わるという保証はないようです。以前タイ人の方がクリスチャンになった理由に輪廻転生がもたらす恐怖から解放されるためであったことを伺ったことがあります。イエス様は罪や咎(罰せられるべき行い)を取り除いてくださり、死後神から裁かれるという恐れから解放してくださっただけでなく、御国を受け継ぐことの保証として聖霊を与えてくださるとともに、死からのよみがえりをもって永遠のいのちの保障を与えてくださいました。イエス様は「「助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしが話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。(ヨハネの福音書14章26節)」と仰せられました。聖書は神の霊感によって書かれています。この世や人の知恵ではなく、主のことば、みことばをしっかり握って日々永遠のいのちが与えてられていることを感謝するとともに、恐怖の中におられる人々になんとか福音が届くように祈ろうではありませんか。