あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。(ペテロの手紙 第一 5章10節)

1.ローマ人への手紙4章25節ー5章5節
2.ヘブル人への手紙122節―11
3.ヤコブの手紙5章9節ー11節
4.ペテロの手紙 第一15節―7

主がサタンに「おまえはわたしのしもべヨブに心を留めたか。彼のように潔白で正しく、神を恐れ、悪から遠ざかっている者はひとりも地上にはいないのだが。(ヨブ記1章8節及び2章3節)」と仰せられたように、ヨブは主の目にかなった者でしたが、サタンは神に「あなたの手を伸べ、彼のすべての持ち物を打ってください。彼はきっと、あなたに向かってのろうに違いありません。(ヨブ記1章11節)」と言ったので、神は「では、彼のすべての持ち物をおまえの手に任せよう。ただ彼の身に手をのばしてはならない。(ヨブ記1章12節)」とヨブを試みることを許されましたが、すべてを失ってもヨブは神をのろうことをせずサタンのもくろみは失敗したのですが、それで終わらず、サタンは神に「皮の代わりには皮をもってします。人は自分のいのちの代わりには、すべての持ち物を与えるものです。しかし、今あなたの手を伸べ、彼の骨と肉とを打ってください。彼はきっと、あなたをのろうに違いありません。(ヨブ記2章5節)」と言ったので、神は「では、彼をおまえの手に任せる。ただ彼のいのちには触れるな。」とサタンが呼ぶ自身に手を下すことをゆるされたので、サタンはヨブと見分けられないほどの悪性の腫物をもってヨブを苦しめたのですが、ヨブの三人の友は神とサタンとの会話を知らなかったために、ヨブの身にわざわいが臨んだのはヨブに問題があると思ってヨブを非難しましたが、そのような苦しみの中で「今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。(ヨブ記16章19節―20節)」と、ヘブル人への手紙12章2節が「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい」と勧めているように、ヨブは神から目を離さず、最終的に「私はあなたのうわさを耳で聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。(ヨブ記42章5節)」と告白したのでした。主は十字架にかけられ殺されましたが、死があっての復活であり、苦しみの後、栄光を現されたのです。試みられる時、今日の聖句「あらゆる恵みに満ちた神、すなわち、あなたがたをキリストにあってその永遠の栄光の中に招き入れてくださった神ご自身が、あなたがたをしばらくの苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださいます。」を思い起こし、私たちが苦しむときにはいつもその苦しみを味わってくださり救いをもたらしてくださる主を(イザヤ書6 3章9節)、苦しみのあとで完全にし、堅く立たせ、強くし、不動の者としてくださる主を見上げ、主を信頼して生きようではありませんか。