何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ人への手紙4章6節―7節)

1.詩篇625節―8
2.ヨハネの福音書1422節―27
3.ヨハネの福音書1624節―33

何かちょっと気になることがあると、人には想像力が与えられているために、それを働かせて問題や悩みを膨らませて思い煩ったり、心に恐れが生じたりしてしまうのではないでしょうか。そのような時、物事を否定的に考えないで肯定的に考えれば解決するように思いがちですが、思考を変えることができる強い人には通用しても、人によっては肯定的に考えることができずに、かえって悩みを増大する状況に追い込まれてしまうのではないでしょうか。今日の聖句は「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」と、人間の知恵による哲学や心理学の領域をはるかに超え解決が神との関係にあることを語っていますが、そのためには詩篇4篇3節が「知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。」と語っているように、私たちの祈りは空を打つようなものではなく、確実に神に届いることを感謝し、イエス様が「祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます(マタイの福音書6章6節)」と仰せられたように、個人的な祈りをささげる時には、詩篇62篇8節が「民よ。どんな時にも、神に信頼せよ。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所である。」と、勧めているように、主は私たちの心と思いをご存知なのですから、信仰深そうな祈りをするのではなく、思い煩っていることや気になっていることなど、主を信頼して心のうちを正直に申し上げ、思い煩いの代わりに、イエス様によって与えられる神の平安をいただこうではありませんか。