イエス・キリストのことを心に留めていなさい。私が伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみがえった方です。(テモテへの手紙 第二 2章8節 新改訳聖書2017版)

1.コリント人への手紙 第一 153節―22
2.ヘブル人への手紙4章12節ー16節
3.ヘブル人への手紙122節―11
4.ペテロの手紙第一13節―16

パウロは「あなたがたの経験した試練はみな、人の知らないようなものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられないような試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。(コリント人への手紙 第一 10章13節)」と、キリスト者に試練が臨ことを語るとともに、試練から脱出する道を神は備えておられることを語っています。ところで、イエス様がご自身について「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。(ヨハネの福音書14章6節)」と仰せられたように、脱出の道は罪人を救うために人としてこの世に遣わされたキリスト・イエスにあるのではないでしょうか。ですから、今日の聖句は「イエス・キリストのことを心に留めていないさい。」と勧めていますが、そのためには、イエス様がどのような方であるかを知る必要があるのではないでしょうか。イエス様は、罪を犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれただけでなく、罪人の代わりに十字架に架けられ殺されたのですが、三日目に死者の中からよみがえられ、この世や人の知恵では絶対に解決できない「死」に勝利するいのちをはっきりとお示しくださっただけでなく、弟子たちが見ている間に昇天され、今は父なる神の右に座しておられ、キリスト者が罪に定められないようにとりなしてくださっている方なのです(ローマ人への手紙8章28節ー34節)。ヘブル人への手紙2節―3節が「信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座あれました。あなたがたは、罪人たちの、ご自分に対するこのような反抗を耐え忍ばれた方のことを考えなさい。あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないようにするためです。」と勧めているように、試練に会う時、苦悩する時、十字架で神の愛を示されたイエス様のことを心に留め、キリスト・イエスにある神の愛の中で生かされていることを(ローマ人への手紙8章38節ー39節)感謝して生きようではありませんか。