主はご自分のすべての道において正しく、またすべてのみわざにおいて恵み深い。(詩篇145篇17節)

1.詩篇197節―9
2.エゼキエル書1819節―32
3.黙示録151節―4

ヨハネの福音書1章16節―17節は「私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けたのである。というのは、律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。」と、恵みとまことに満ちておられる主は、今、父なる神の右に座しておられますが、主は主を信じる者に慰め主であり助け主である聖霊を与えられ、聖霊なる神としてキリスト者の心に住んでいてくださっているのです。ところで、今日の聖句は「主はご自分のすべての道において正しく、またすべてのみわざにおいて恵み深い。」と、主は完全な方であり、主がなされることはすべて正しいのですが、正しいだけでなく恵み深いことを語っています。正しい方ですから罪と妥協することはできませんが、主はダビデにダビデの子孫が罪を犯したら、人の杖、人のむちをもって懲らしめるが、恵みを取り去ることはしない、と約束されたのでした(サムエル記 第二7章12節―15節)。主は悪魔の試みに会いましたが、みことばをもって対処し、エバのように罪を犯すようなことをしませんでしたが、私たちの弱さに同情できない方でなく、とりなして祈っていてくださるのです。イエス様はペテロに五百デナリ赦された人と五十デナリ赦された人のどちらがよけい金貸しを愛するようになるかを尋ねると、ペテロが「よけい赦してもらったほうだと思います。」と答えると、「あなたの判断は当たっています。」と主は言われました(ルカの福音書7章40節―43節)。ヘブル人への手紙4章16節が「私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。」と勧めているように、主がすべてのことを働かせて益としてくださることを感謝し、「罪の増し加わるところには、恵みも満ちあふれました。(ローマ人への手紙5章20節)」というみことばを心に留め、主を愛し、恵みの中に生き続けようではありませんか。