コリント人への手紙 第一 15章16節―17節

もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。

<関連聖句>

1.ローマ人への手紙3章23節―26節
2.ローマ人への手紙6章17節―23節
3.コリント人への手紙 第一 15章3節ー10節
4.コリント人への手紙 第一15章50節―58節

<メッセージ>

神である主はアダムに「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよいのです。しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。(創世記2章16節―17節)」と、仰せられたことばに、人には自由意志が与えられているとともに、神のことばに従って生きるべきことを見ることができるのではないでしょうか。しかし、蛇に化身したサタンは神が警告した時には存在していなかったために神の警告を直接聞いていなかったエバが罪を犯すように仕向けたのでした。警告を聞いていたアダムは神の警告のことばよりもエバの声に聞き従って罪を犯したために、人類は偽りの父である悪魔と罪に支配されることになり、自由になるためには代価が支払われる必要があるために、神は御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになりサタンや罪の支配から救われる道を完成されたのですが、今日の聖句が「もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。そして、もしキリストがよみがえらなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお、自分の罪の中にいるのです。」と語っているように、よみがえり、すなわち復活がなければ、死の支配のもとにあることになり、むなしさだけでなく死の恐怖から逃れることはできなかったのではないでしょうか。しかし、ローマ人への手紙6章23節が「罪から来る報酬は死です。しかし、神が下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」と語っているように、イエス様が死からよみがえられたことによって罪や死の支配から贖われ、死の恐怖のかわりに、永遠に神と共に生き続けることができるという生ける望みを持つようにしてくださったのでした(ペテロの手紙 第一1章3節)。イエス様のよみがえりによって主を信じる者には勝利が与えられていることを感謝するとともに、主を喜んで生きようではありませんか。