主はすばらしいことをされた。これを、全世界に知らせよ。(イザヤ書12章5節)

1.ヨハネの福音書3章16節―17節
2.ローマ人への手紙7章15節―8章3節
3.エペソ人への手紙2章1節―10節
4.テモテへの手紙第一 2章1節ー5節

神は人をご自分のかたちとしてアダムを創造し、男と女とに彼らを創造され(創世記1章27節)、アダムに「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木から取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と仰せられたのですが、アダムは妻の声に従って食べたことによって人類に死が臨ようになったのでした(創世記2章16節―17節及び3章17節)。神から知恵の心と判断する心を与えらたソロモンは「神のなさることは、すべて時に叶って美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。(伝道者の書3章11節)」と人には永遠が与えられているために、人は死後どうなるのかわからないために死に対する恐れをもっているのではないでしょうか。そのような状態から人々を救うために神は御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになり十字架の死をもって罪の解決を与えられ、復活をもって死に勝利されたので、パウロが「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物はキリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ人への手紙6章23節)」と語っているようイエス様を信じる人には、天の国籍、永遠のいのちが与えられ死は永遠に生きる世界へのドアのようなもので、死後キリスト者はイエス様にお会いし、死も悲しみも苦しみもない天国で永遠に生き続けるのです。人間の知恵では解決できない罪や死、死の恐怖から救うことはできません。今日の聖句が「主はすばらしいことをされた。これを、全世界に知らせよ。」と勧めているように、人々の救いのために、福音宣教が推し進められるように祈るとともに、救いはキリスト以外にないことを自覚して人々にイエス様のことを紹介するように心がけようではありませんか。