今私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。(使徒の働き20章32節)
1.ルカの福音書4章1節ー22節
2.ヨハネの福音書1章14節ー17節
3.ヨハネの福音書3章1節ー15節
4.テモテへの手紙第二3章16節ー17節
パウロは律法による自分の義に生きていた時には自分の考えでキリスト者を迫害していたのですが、キリスト者となったパウロは「私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある恵みです。(コリント人への手紙第一15章9節ー10節)」と、恵みを知る者となられ、エペソの長老たちに「私が出発したあと、凶暴な狼があなたがたの中に入り込んで来て、群れを荒らし回ることを、私は知っています。あなたがた自身の中からも、いろいろ曲がったことを語って、弟子たちを自分のほうに引き込もうとする者たちが起こるでしょう。ですから、目をさましていなさい。私が三年の間、夜も昼も、涙とともにあなたがたひとりひとりを訓戒し続けて来たことを思い出してください。」と話されてから、もう二度と会うことがないことを示唆しながら「今私は、あなたがたを神とその恵みのみことばとにゆだねます。みことばは、あなたがたを育成し、すべての聖なるものとされた人々の中にあって御国を継がせることができるのです。」と遺言のように話されたのでした。ソロモンは「人の語ることばにいちいち心を留めてはならない。あなたのしもべがあなたをのろうのを聞かないためだ。(伝道者の書7章21節)」と、エレミヤ書17章9節が「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。」と語っているように、人のことばは気分次第で変わってしまうことを留意し、人のことばに一喜一憂しないで、恵みを深く知ったパウロが勧めているように、恵みとまことに満ちておられる信仰の創始者であり完成者であるイエス様ご自身に目を留めるとともに、良心のかしゃくを得るようなときも「私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。(ヘブル人への手紙4章16節)」と勧めているように十字架で全生涯の罪や咎(過失)は処理されている恵みを、御国の民とされていることを思い起こし、恵みから落ちることのないように(ヘブル人への手紙12章15節)、恵みのみことばをしっかり握って生きるように心がけようではありませんか。