いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。(詩篇36篇9節)
1.ヨハネの福音書1章1節ー9節
2.ヨハネの福音書4章3節ー14節
3.ヨハネの福音書8章1節ー12節
4.ヤコブの手紙1章12節ー18節
宮の建物をさし示した弟子たちに、イエス様が「このすべての物に目をみはっているのでしょう。まことに、あなたがたに告げます。ここでは、石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。」と言われたので、弟子たちが「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時やよの終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」と尋ねると、イエス様は「人に惑わされないように気をつけなさい。」と仰せられたのでした(マタイの福音書24章1節ー4節)。興味深いことにパウロは、キリストの使徒に変装して人を欺くような働き人がいることを指摘してから「しかし、驚くには及びません。サタンさえ光の御使いに変装するのです。」と、語っています(コリント人への手紙第二11章12節ー14節)。サタンは「善悪の知識の木から取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」という神の警告を直接聞いなかったエバに「あなたがたは決して死にません。あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」といかにも自分こそ食べてはいけない本当の理由を知っているかのように神の警告を完全に否定し、偽りをもってエバをあざむき、この世の君として君臨しているのです。ですからパウロは騙されないように「この世と調子を合わせてはいけません。」と命じているのではないでしょうか。イエス様は「悪魔は初めから人殺しであり、真理に立っていません。彼のうちには真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら、彼は偽り者であり、また偽りの父であるからです。(ヨハネの福音書8章43節―44節)」と世全体を支配している悪魔の本質を語る一方「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも決して渇くことがありません。(ヨハネの福音書6章35節)」と仰せられました。この世や人の知恵に惑わされないために、今日の聖句が「いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見るからです。」と語っているように、信仰の完成者であり、いのちの泉、世の光であり満ち足りた心を与えてくださるイエス様を仰ぎ見て、いのちのことばをしっかり握って生きるように心がけようではありませんか。