罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。(ローマ人への手紙6章23節)

1.ヨハネの福音書6章32節ー40節
2.ヨハネの福音書10章27節ー29節
3.ヨハネの福音書11章25節ー26節
4.ヨハネの手紙第一5章5節ー13節

神はアダムに「あなたは、園のどの木からでも重いまま食べてよい。」と、自由意志を与えられましたが「しかし、善悪の木からは取って食べてはならない。」と警告されてから、食べるのを禁じた理由を「それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」とはっきり言われたのですが、その時には存在していなかったために神の警告を直接聞いていなかったエバに悪魔は「あなたがたは決して死にません。あなたがたが食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。」と神が禁じた理由は死ぬからではなく神のようになってしまうから、と話したので、エバは神が禁じた善悪の木から取って食べてアダムに与えるとアダムはエバの声に聞き従って食べて罪を犯したために神が仰せられたように人に死が臨むとになったのですが、人には永遠が与えられているので死によってその存在が消滅してしまうのではなく、黙示録が語っているように第二の死、すなわち死後、過ちや罪がすべて明らかにされ有罪判決が下され、昼も夜も永遠に苦しみ続ける地獄で生き続けるような状態に置かれていたのですが、あわれみ豊かな神は、今日の聖句が「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです。」と語っているように、御子イエス様を人としてこの世にお遣わしになり、十字架の死と復活をもって救いの道を、いのちの道を開かれたのでした。イエス様は弟子たちにご自分がエルサレムに行って、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受け、殺され、三日目によみがえらなければならないことを示し始めると、ペテロは「神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたの身に起こるはずはありません。」と(マタイの福音書16章21節ー22節)、悪魔が神の警告を否定したように、ペテロも否定したのですが、死からよみがえられたイエス様の方から弟子たちにご自身を現され、主のことばがいかに真実であるかを証明されたのでした。ペテロは「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくだささいました。(ペテロの手紙第一1章3節)」と告白しています。イエス様を信じたことによって全生涯の罪はイエス様が取り除いてくださり、肉体の死だけでなく、永遠の死からも救われ永遠のいのちが与えられていることを忘れないように心がけようではありませんか(ヨハネの手紙第一5章13節)。