主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。(哀歌3章33節)
1.詩篇119篇65節ー72節
2.ローマ人への手紙4章25節ー5章5節
3. ヘブル人への手紙12章2節ー13節
4.ヤコブの手紙1章2節ー4節
イエス様は「いま私たちは、あなたがいっさいのことをご存じで、だれもあなたにお尋ねする必要がないうことがわかりました。これで、私たちはあなたが神から来られたことを信じます。」と申し上げた弟子たちに、イエス様は「あなたがたは今、信じているのですか。見なさい。あなたがたが散らされて、それぞれ自分の家に帰り、わたしをひとり残す時が来ます。いや、すでに来ているのです。しかし、わたしはひとりではありません。父がわたしといっしょにおられるからです。わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、あなたがたがわたしにあって平安を持つためです。あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。(ヨハネの福音書16章30節ー33節)」と、励まされたのでした。ヨブの信仰を評価していた主はサタンがヨブを試みることを許されたのですが、そのことを知らない三人の友はヨブであるとことが見分けられないほどだったので、ヨブを非難するようなことを言ったのですが、苦しみの中で「今でも天には、私の証人がおられます。私を保証してくださる方は高い所におられます。私の友は私をあざけります。しかし、私の目は神に向かって涙を流します。その方が、人のために神にとりなしてくださいますように(ヨブ記16章19節ー21節)」と語っただけでなく「私はあなたのうわさを聞いていました。しかし、今、この目であなたを見ました。(ヨブ記42章5節)」と告白されました。迫害されパトモス島に島流しにあったヨハネは将来に対する啓示を受け黙示録を書かれたように、苦難の中で多くの人々は啓示を受けたり、神の力を体験されたのでした。イエス様は動物の骨や鉛のついた鞭で打たれ苦しまれただけでなく十字架につけられ殺されましたが、死があってこそ復活が成り立ったのでした。ヘブル人への手紙12章3節ー11節は私たちの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためにイエス様のことを考えるように勧めるとともに、平安な義の実を結ばせるために、神は愛する者を訓練されることを語っています。今日の聖句「主は人の子らを、ただ苦しめ悩まそうとは、思っておられない。」を心に据えて、苦悩の中でしか体験できない主の恵みと平安があることを、主に愛されていることを忘れないように心がけようではありませんか。