幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座につかなかった、その人。まことに、その人は主の教えを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。(詩篇1篇1節ー2節)
1.ヨシュア記1章1節ー9節
2.詩篇37篇27節ー31節
3.詩篇119篇1節ー11節
4.ヤコブの手紙1章12節ー22節
一般的に「幸いなこと」の意味するところは、先日大槌町での山火事で民家が守られたような状況を「幸いなことに民家が守られました。」と報告されたように、何か危機的な状況下に予想もしていなかったよい結果が得られた時などによく使われますが、今日の聖句は「悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座につかなかった、その人は」と語るとともに、そのような人の生き方絵について、「主の教えを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」と、語っています。栃木県の上三川町で起きた強盗殺人事件の容疑者が男子高校生などの四人でしかも16歳と報道されたのには驚きました。その背後に支持役がいるとのことですが、その支持役の背後で働いているのは、イエス様が「あなたがたは、あなたがたの父である悪魔から出た者であって、あなたがたの父の欲望を成し遂げたいと願っているのです。悪魔は初めから人殺しであり、真理に立ってはいません。彼のうちに真理がないからです。彼が偽りを言うときは、自分にふさわしい話し方をしているのです。なぜなら、彼は偽り者であり、また偽り者の父であるからです。(ヨハネの福音書8章44節)」と、パウロも「私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。」と語っているように、人を欺く悪魔や悪霊の働きであることを心に据えて、罪人を救うために来られ、十字架上で人々のために取りなして祈られたイエス様のように、彼らたちや彼らのご家族はじめキリスト者でない人々に福音が届いて主の教えを知り、それを喜びとして、昼も夜もそのしえを口ずむ幸いな人になるように祈るとともに、私たち自身も主の教えを喜び、昼も夜もふとした時に恵みのみことばを思い起こし、主をほめたたえて生活するように心がけようではありませんか。
