あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。(詩篇57篇13節)

1.ヨハネの福音書1章1節ー17節
2.ヨハネの福音書8章1節―12節
3.ペテロの手紙第二1章2節ー10節
4.ユダの手紙1章24節ー25節

今日の聖句詩篇56篇の冒頭に「指揮者のために。『遠くの人の、もの言わぬ鳩』の調べに合わせて、ダビデのミクタム。ペリシテ人がガテでダビデを捕らえたときに」とあります。ダビデがゴリアテを倒し、ペリシテ人との戦いに勝利して帰還したとき、すべての町々から出てきた女性たちが笑いながら繰り返し「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」と歌ったことばを聞いたサウルは、その日以来ダビデを疑いの目で見るようになり、二度槍を投げて突き刺そうとしたのですが、二度とも身を交わしたのですが、ダビデは危険を感じてペリシテ人の陣地に、なんとゴリアテの剣を持ってゴリアテの出身地ガテに逃げ込んだのですが、すぐにダビデとわかってしまったので気が違ったように演技をしたために、殺されることなく、無事にアドラムの洞穴に避難することができたのでした(サムエル記 第一17章45節―18章12節、21章1節―22章1節)。自分のいのちを愛するがゆえにサウルを恐れ、自分の考えで行動したのですが「あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。」と、救いは神がなされることであり、つまずかないようにしてくださるのも主であることを悟らせていただいたことを思って「それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。」と、自分の思いや考えで生きるのではなく、神を認めて生きるためであったことを告白しています。イエス様は「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです(ヨハネの福音書8章12節)」と仰せられました。光は見えなかったものを見えるようにする力があります。キリスト者は世に属している者ではなく、イエス様によってこの世に遣わされている存在であり(ヨハネの福音書17章18節)、人の光であるイエス・キリストに属する者であり(ヨハネの福音書1章4節)、キリストにあって神の御前を歩む者とされていることを忘れず、つまずかないように守ることのできる(ユダの手紙24節)主を信頼して生きるように心がけようではありませんか。