先生が天に召された報道は、世界を駆け巡ったことでしょう。
先生がお亡くなりになったと同時に、この聖書の言葉は、多くの人に、働いているのではないかと思います。「彼は、信仰によってまだ語っています」(へブル11:4)
あのよど号乗っ取り事件の際、「これが目に入らぬか」と日本刀を抜いて叫んだ犯人の前に居合わせた先生は、その時より、自分の命は、自分のために生きるのではなく、他者のために生きると受け止められたそうです。「一粒の麦は地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」とのキリストの言葉の通り生涯を全うされました。
どんなに小さくても、自分が他者のために生きる時、その人は実に若々しく生きることができる、とは、常々先生が言われていた言葉のひとつです。
私たちに遺してくださった遺産を引き継いで、わたしも生かされ、生きていきたいものです。榊原 寛
(写真は、口に絵筆をくわえて詩画を描かれている星野富弘さんご家族と)