いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。(エペソ人への手紙5章20節)
1.ヨハネの福音書3章16節―17節
2.ピリピ人への手紙4章6節―7節
3.コロサイ人手の手紙3章2節―17節
4.テサロニケへの手紙第一5章15節―18節
イエス様は弟子たちに「人々はあなたがたを会堂から追放するでしょう。事実、あなたがたを殺す者がみな、そうすることで自分は神に奉仕しているのだと思う時が来ます。彼らがこういうことを行うのは、父をもわたしをも知らないからです。(ヨハネの福音書16章2節―3節)」と仰せられたように、 律法による自分の義に生き、キリストを信じることによって神から与えられる神の義を知らなかった時のパウロはナザレ人イエスの名に強硬に敵対すべきと考えてステパノを殺すことに賛成しただけでなくエルサレムだけでなく国外にまでもキリスト者を迫害するために出かけて行きましたが、ダマスコへの途上でイエス様から声をかけられ神を、十字架の死の意味を、恵みを深く知る者となられ、「神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」と語っています。ペテロは「たとい全部の者があなたのゆえにつまずいても、私は決してつまずきません。」と豪語しましたが、イエス様が預言されたように三度イエス様のことを知らない、と言って挫折したことによって、信仰はキリストによって与えられるものであることを知ったように、主は私たちの失敗さえも益とすることができるお方であることを、十字架の死に至るまで忠実であったイエス様と愛する御子イエス様を罪人を救うためにお遣わしくださった父なる神の愛を忘れずに、パウロが「いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。」と勧めているように、イエス・キリストの御名によって神に感謝する人生を歩むように心がけようではありませんか。