正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を告げる。心に神のみおしえがあり、彼の歩みはよろけない。(詩篇37篇 30節― 31節)

1.マタイの福音書4章1節―11節
2.コリント人への手紙第一2章1 節―8節
3.ヤコブの手紙1章12節―21節
4.ヤコブの手紙3章13節―17節

今日の聖句は「正しい者の口は知恵を語り、その舌は公義を告げる。」とありますが、そのためには「心に神のみおしえがあり」と、神のみおしえ、すなわち、みことばが頭ではなく心にある必要性を語るとともにその結果として「彼の歩みはよろけない。」と、日々の歩みがしっかりすることを語っています。パウロは、「キリスト」にではなく「私」に生きているコリントの聖徒たちに「私たちは成人の間で、知恵を語ります。この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められたものです。(コリント人への手紙第一2章6節―7節 )」と、ヤコブは「父はみこころのままに、真理のことばをもって私たちをお生みになりました。私たちを、いわば被造物の初穂にするためです。愛する兄弟たち。あなたがたはそのことを知っているのです。しかし、だれでも、聞くには早く、語るのにはおそく、怒るにはおそいようにしなさい。人の怒りは、神の義を実現するものではありません。ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなた方のたましいを救うことができます。(ヤコブの手紙1章18節―21節)」と、イエス様を信じたなら罪や死、サタンの支配から救われていますが、日々の生活においてたましいの救い、すなわち、世と調子を合わせたり、肉の思いに支配されないために、心に植え付けられたみことばで生きることが必要であることを語っています。イエス様も悪魔の試みにみことばで対処されました(マタイの福音書4章1節―11節)。近年、情報過多の、AIが発達することによって何が真実なのかわからないような時代になりました。この世の情報や人のことばに惑わされないように、神の知恵であるみことばに生きるように心がけようではありませんか。