あなたは私に、いのちの道を知らせくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみが永久にあります。(詩篇16篇11節)
1.ヨシュア記3章1節―17節
2.詩篇18篇30節―33節
3.イザヤ書35章8節―10節
4.ヨハネの福音書14章1節―6節
主はアダムに「善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。(創世記2章17節)」と警告したにもかかわらず、アダムは神の警告のことばよりも妻の声に従って善悪の知識の木から取って食べたことによって人類に死が入ったために、箴言16章25節は「人に目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。」と語っているのではないでしょうか。しかし今日の聖句は「あなたは私に、いのちの道を知らせくださいます。あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみが永久にあります。」と、対照的な道を語っています。ですから、人は死の道を歩んでいるのか、いのちの道を歩んでいるかのどちらかの道を歩んでいることになりますが、パウロが「罪から来る報酬は死です。しかし、神の下さる賜物は、私たちの主キリスト・イエスにある永遠のいのちです(ローマ人への手紙6章23節)」と語っているように、死の道から解放される道は「わたしが道(唯一の道)であり、真理(唯一の真理)であり、いのち(唯一のいのち)なのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。(ヨハネの福音書14章6節)」と仰せられたように、死の道から救われ、いのちの道を歩むためには全生涯の罪から贖ってくださったイエス様との関係が不可欠であることがわかります。黙示録2章11節にキリスト者は第二の死によって損なわれることはない。」とイエス様は約束されています。第一の死はすべての人に臨む死ですが、第二の死は、黙示録20章10節―14節に、人は御座の前に立たされ、死ぬまでの行為が明らかにされ、その行いに応じてさばかれてから、火と硫黄との池に投げ込まれ、サタンとも呼ばれる悪魔やにせ預言者たちと昼も夜も永遠に苦しみ続けること、と語っていますが、パウロが「主は、やみの中に隠れた事も明るみに出し、心の中のはかりごとも明らかにされます。」と語るとともに驚くべきことに「そのとき、神から各人に対する賞賛が届くのです。(コリント人への手紙第一4章5節)」と語っています。恵みによって救われていることを喜び、天の御国へのいのちの道を喜んで生きるように心がけようではありませんか。