知恵を得ることは、黄金を得るよりもはるかにまさる。悟りを得ることは銀を得るよりも望ましい。(箴言16章16節)

1.列王記第一3章3節―28節
2.コリント人への手紙第一1章18節―25節
3.コリント人への手紙第二2章6節ー16節
4.エペソ人への手紙1章16節―23節

今日の聖句は「知恵を得ることは、黄金を得るよりもはるかにまさる。悟りを得ることは銀を得るよりも望ましい。」と、何よりも知恵や悟りを得ることが大切であることを語っていますが、黄金や銀にもまさる知恵や悟りがどのようなものかを知る必要があるのではないでしょうか。聖霊に満たされたパウロは「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。・・知者はどこにいるのですが。学者はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神に知恵によるのです。(コリント人への手紙第一1章18節―21節)」と、さらに「私たちは、成人の間で、知恵を語りますが、この知恵は、この世の知恵でもなく、この世の過ぎ去って行く支配者たちの知恵でもありません。私たちの語るのは、隠された奥義としての神の知恵であって、それは、神が、私たちの栄光のために、世界の始まる前から、あらかじめ定められた物です。」と語ってから「神はこれを、御霊によって私たちに啓示されたのです。御霊はすべてのことを探り、神の深みにまで及ばれるからです。(コリント人への手紙第一2章6節―7節及び10節)」と、神の知恵について悟られたのでした。聖霊に満たされたペテロは「金銀が私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って生まれつき足のなえた人の手を取って立たせると、彼は歩きだしたのでした。ヤコブは、妬みや敵対心をもたらす地に属し、肉に属し、悪霊に属する知恵と純真で平和、寛容、温順であわれみと良い実とに満ちた上からの知恵の二種類があることを語っています(ヤコブの手紙3章14節―17節)。この世や人の知恵ではなく、物事を悟らせてくださる聖霊が与えられている事を感謝し、神の知恵であるみことばをしっかりに握って生きるように心がけようではありませんか。