あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたのことを心配してくださるからです。身を慎み、目を覚ましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを探し求めながら、歩き回っています。(ペテロの手紙第一5章7節ー8節)
1.歴代誌 第二 20章1節―26節
2.詩篇94篇16節ー19節
3.マタイの福音書6章27節ー34節
4.ピリピ人への手紙4章6節ー7節
様々なマスメデイアを通して世界情勢を見たり、熊本を襲った地震や千葉県を襲った大雨による多大な被害を見るにつけ、いつ何が起こるのか予想がつかないようなことが次から次に起こっているだけでなく、経済的にも非常に厳しい状況は、人々にさまざまな思い煩いをもたらしてくるのではないでしょうか。ペテロは、あなたがたの思い煩いを、いっさい、すなわち全部神にゆだねるように勧めていますが、その理由として「神があなたのことを心配してくださるからです。」と語るとともに「身を慎み、目を覚ましていなさい。」と勧めているのは「あなたがたの敵である悪魔が、ほえたける獅子のように、食い尽くすべきものを探し求めながら、歩き回っています。」と警告していますが、それはペテロが二度経験したからではないかと思われます。ペテロはイエス様がご自分がエルサレムで苦しめられ殺されるけれども三日目によみがえらなければならないことを話すと「神の御恵みがありますように。そんなことが、あなたに起こるはずはありません。」とイエス様をいさめたので、「下がれ。サタン。あなたは私の邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」とイエス様から言われてしまいましたし(マタイの福音書16章21節-23節)、三度イエス様のことを知らないと言ったのもサタンに試みられたからでしたが、イエス様は事前にペテロの信仰がなくならないようにペテロのために祈られたことを話されていたのでした(ルカの福音書22章31節ー34節)。パウロは「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。」と勧めてから、その結果として「そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」と語っています。人には考える力が与えられているために色々なことを思わされますが、それを煩う方向ではなく、主を信頼して心のうちを正直に申し上げるとともに(詩篇62篇8節)、私たちのことをいつも心にかけてくださり、信仰がなくならないように祈っていてくださることを思い起こし、主を信頼し、感謝をもって心を主の御前に注ぎ出して思い煩っていることを主に明け渡して思い煩いの代わりに主の平安をいただいて生きるように心がけようではありませんか。