心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴言3章5節ー6節)

1.詩篇18篇30節ー32節
2.イザヤ書55章6節ー11節
3.エレミヤ書23章23節ー24節
4.マタイの福音書1章18節ー23節

エジプトで民が苦しんでいるのをご覧になられた主は、「今、行け。わたしはあなたをパロのもとに遣わそう。わたしの民イスラエル人をエジプトから連れ出せ。」とモーセに仰せられたように、主は多くの奇蹟をもってエジプトから民を導き出せれ、紅海を二つに分けられ、民が無事対岸に渡り終えると、紅海を元通りにされたのでエジプト軍はひとり残らず溺死したのでした。その様子を見た民はモーセと共に「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められた。馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。この方こそ、我が神。・・・主よ。神々のうち、だれかあなたのような方があるでしょうか。だれがあなたのように、聖であって力強く、たたえられつつ恐れられ、奇しいわざを行うことができましょうか。・・あなたが贖われたこの民を、あなたは恵みをもって導き、御力をもって、聖なる御住まいに伴われた。」と、主を誉めたたえたのでした(出エジプト記14章21節ー15章13節)。主は民が荒野を旅する間、昼は雲の柱、夜は火の柱をもって民の先に立って行かれ宿営する場所を探されただけでなく、昼も夜も常にイスラエルの民と共におられ進んでいく道をも示されたにも関わらず、民が「私たちより先に人を遣わし、私たちのために、その地を探らせよう。私たちの上って行く道や、入って行く町々について、報告を持ち帰らせよう。」と言ったのをモーセは良いと思われたために(申命記1章22節ー23節)、主はモーセに各部族の族長を遣わすように助言したのでしたので、モーセは、その地がどのような地でどのような民が住んでいるのかを主から知らされていたにも関わらず(出エジプト記3章8節)、その地がどのようなものなのかを調べてその地のくだものを取ってくるように命じたのでした。その結果主が約束された地について、すばらしく良い地であった、と報告したヨシュアとカレブのことばよりも悪く言いふらした者たちのことばを民は信じて「私たちはエジプトの地で死んでいたらよかったのに。できれば、この荒野で死んだほうがましだ。なぜ主は、私たちをこの地に導いて来て、剣で倒そうとするのか。私たちの妻子は、さらわれてしまうのに。エジプトに帰ったほうが、私たちに取って良くはないか。」とつぶやき、「主にそむいてはならない。」と警告したヨシュアとカレブを石で打ち殺そうと言い出したので、主は彼らが願ったように、ヨシュアとカレブ以外の二十歳以上のものは約束の地に入れないで荒野で亡くなるようにされたのでした。今日の聖句「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」をしっかり握って、どんな時にも主がおられることを、主が主権者であることを、私たちの人生を恵みをもって導いてくださることを忘れないように心がけようではありませんか。