心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。(箴言3章5節ー6節)
1.詩篇37篇3節ー9節
2.エレミヤ書39章15節ー18節
3.マタイの福音書28章18節ー20節
4.ヘブル人への手紙12章2節ー11節
今日の聖句は「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。」と、キリスト者がすべきこととすべきでないことを語ってから、するべきことを実行する結果を「そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」と、語っています。ところで、自分の考えではなく、主に拠り頼むために必要なのは主がどのような方なのかを知ることにあるのではないでしょうか。ダビデは「主よ。あなたは私を探り、私を知っています。あなたこそ私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく知っておられます。(詩篇139篇1節ー4節)」と語るとともに「主はいつくしみ深く、正しくあられる。それゆえ、罪人に道を教えられる。(詩篇25篇8節)」と語っています。イエス様はペテロに「わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました。」と仰られましたが、「主よ、ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」と申し上げましたが、イエス様が仰せられたように三度イエス様を知らないと言って、挫折したのですが、その結果「あなたがたは、死者の中からこのキリストをよみがえらせて彼に栄光を与えられた神を、キリストによって信じる人々です。このようにして、あなたがたの信仰と希望は神にかかっているのです。(ペテロの手紙第一1章21節)」と、信仰の真髄を語っています。私たちの事を一番よくご存知で、ペテロのように失敗しても、心細く思うような時、自分で何とかしようと頑張るよりも、信仰を完成してくださる主がいつもともにいてくださることを思い起こし、あわれみ深く、恵みとまことに満ちておられ、私たちの失敗も益としてくださる主に心のうちを、自分の弱さを正直に打ち明けて、主からの助けを得るために、まっすぐな道を歩むために、主を信頼して生きるように心がけようではありませんか。
