ダビデはペリシテ人に言った。「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの先陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。」(サムエル記第一17章45節)

1.申命記1章19節ー33節
2.歴代誌第一14章8節ー16節
3.ヨハネの福音書13章36節ー14章6節
4.ローマ人への手紙8章28節ー31節

ゴリヤテが「おまえらは、なぜ、並んで出て来たのか。俺はペリシテ人だし、おまえらはサウルの奴隷ではないか。ひとりを選らんで、おれのところによこせ。おれと勝負して勝ち、おれを殺すなら、おれたちはおまえの奴隷になる。もし、おれが勝って、そいつを殺せば、おまえらがおれたちの奴隷となり、おれたちに仕えるのだ。きょうこそ、イスラエルの陣をなぶってやる。ひとりをよこせ。ひとつ勝負しよう。」と、叫んだので、サウルとイスラエルの民は意気消沈し、非常に恐れたのですが、(サムエル木第一17章8節ー10節)、ダビデはそのゴリヤテに向かって「おまえは、剣と、槍と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの先陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。」と言ってから「きょう、主はおまえを私の手に渡される。私はおまえを打って、おまえの頭を胴体から離し、きょう、ペリシテ人の陣営のしかばねを、空の鳥、地の獣に与える。すべての国は、イスラエルに神がおられることを知るであろう。」と勝利宣言をされ、一つの小石をもって、ペリシテ人との戦いにおいて神は「バルサムの林の上から行進の音が聞こえたら、そのとき、あなたは戦いに行け。神はすでに、ペリシテ人の陣営を打つために、あなたより先に出ているから。」と、ダビデに仰せられ、先陣の神であることを話されたのでした。ところで、パウロは「昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。(ローマ人への手紙15章4節)」と語っています。ペテロは、キリスト者は神の御力によって守られているけれども、さまざまな信仰の試練に会うことを語っています(ペテロの手紙第一1章5節ー6節)。主は耐えられないような試練を与える方ではない、とパウロは語っていますが、「耐えられない」と思う時があるのではないでしょうか。そんな時、私たちの神は勝利を与えてくださる先陣の神であることを思い起こし、主に拠り頼んで生活するように心がけようではありませんか。