「死よ。お前の勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。」死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。(コリント人への手紙第一15章55節ー57節)

1.ヨハネの福音書11章21節ー26節
2.ローマ人への手紙3章19節ー28節
3.ローマ人への手紙6章17節ー23節
4.ローマ人への手紙10章1節ー4節

イエス様は「わたしが来たのは律法や預言者を廃棄するためだと思ってはなりません。廃棄するためではなく、成就するために来たのです。・・・まことに、あなたがたに告げます。もしあなたがたの義が、律法学者やパリサイ人の義にまさるものでないなら、あなたがたは決して天の御国に、入れません。(マタイの福音書5章17節及び20節)」と、仰せられました。パウロはパリサイ人として生きていた時には、律法による自分の義に生き、ナザレ人イエスの名に強硬に敵対すべきだと考えてキリスト者を迫害していたのですが、キリスト者となったパウロは行いによるのではなく恵みによって救われることを、キリストを信じる信仰によって神から与えられる神の義を知る者となられ「『死よ。お前の勝利はどこにあるのか。死よ。おまえのとげはどこにあるのか。』死のとげは罪であり、罪の力は律法です。しかし、神に感謝すべきです。神は、私たちの主イエス・キリストによって、私たちに勝利を与えてくださいました。」と、イエス様が死からよみがえられたことによって完全な勝利をおさめてくださったイエス様を信じたすべてのキリスト者は勝利者とされていることを語っています。ヤコブの手紙3章2節が「私たちはみな、多くの点で失敗をする者です。」と語っているように、後悔するような事を言ったり行ったりしますが、イエス様が恵みとまことを実現してくださり、律法から解放してくださった恵みを無駄にしないように、全生涯の罪が赦され永遠のいのちが与えらていること(ローマ人への手紙6章23節)、勝利者とされていることを忘れないようにしようではありませんか。