人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。(詩篇37篇23節ー24節)
1.箴言24章15節ー16節
2.詩篇32篇8節ー11節
3.詩篇63篇1節ー8節
4.ルカの福音書22章31節ー34節
ダビデがゴリアテを倒し、民がペリシテ人に勝利して凱旋すると女性が町々から出て来て「サウルは千を打ち、ダビデは万を打った。」と、笑いながら繰り返し歌ったためにサウルはその日からダビデを疑いの目で見るようになり、サウルからいのちをねらわれたために、自分の考えでペリシテ人の陣地に逃げ込む際に祭司を、アキシ王の信頼を得るために偽りをもって騙したり、素晴らしい恵みの約束をいただいた後でバテシバとの姦淫の罪を犯しウリヤを戦死させるようなことをしましたが、主は預言者を遣わして悔い改めへと導かれたのでした。今日の聖句「人の歩みは主によって確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。」は、ダビデのことばです。ヤコブが語っているように、私たちは多くの失敗をするもので、イエス様のことを三度否定したペテロのように自分の情けなさに涙するようなことがあっても、イエス様が信仰がなくならないように祈られただけでなく、「立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」と、「倒れてもまっさかさまに倒されはしない。主がその手をささえておられるからだ。」と語っているように、どんなことがあっても、どんな時にもまっさかさまに倒されることがないばかりか、主に立ち返るときを、確かな道に主がお導きくださことを、放蕩息子を喜んで迎えてくださった父のように、主が喜ばれることを心に据えて生きようではありませんか。