まことに、主のことばは正しく、そのわざはことごとく真実である。(詩篇33篇4節)
1.詩篇19篇7節ー8節
2.エレミヤ書9章23節ー24節
3.ヨハネの福音書12章20節ー28節
4. テモテへの手紙第二2章8節ー13節
パウロが「怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。(エペソ人への手紙4章26節)」と勧告していますが、怒りや憤りはヤコブの手紙3章2節が「私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗をしない人がいたら、その人は、からだ全体も立派に制御できる完全な人です。···しかし、舌を制御することは、だれにもできません。それは少しもじっとしていない悪であり、死の毒に満ちています。」と語っているように、後悔するような行動やことばを発してしまうのではないでしょうか。ですから、ソロモンは「人の語ることばにいちいち心を留めてはならない。あなたのしもべがあなたをのろうのを聞かないためだ。あなた自身も他人を何度ものろったことを知っているからだ。(伝道者の7章21節ー22節)」と語っていますが、主は罪のない方でありるために、今日の聖句は「まことに、主のことばは正しく、そのわざはことごとく真実である。」と語っています。イエス様はご自身を一粒の麦にたとえられてから「今わたしの心は騒いでいる。何と言おうか。『父よ。この時からお救いください』と言おうか。いや。このためにこそ、わたしはこの時に至ったのです。父よ。御名の栄光を現してください。」と言われると、天から「わたしは栄光をすでに現したし、またもう一度栄光を現そう。」との声があったように、イエス様は十字架の死にまで従われて真実さをあらわされ、父なる神はイエス様を死からよみがえらせて栄光をあらわされたのでした。主は真実な方であることを忘れずに、主のことばであるみことばをしっかり握って生きるようにしようではありませんか。