みことばに心を留める者は幸いを見つける。主に拠り頼む者は幸いである。(箴言16章20節)

1.詩篇118篇1節ー9節
2.ルカの福音書6章46節ー49節
3. 使徒の働き20章29節ー32節
4.ペテロの手紙第一1章18節ー25節

人は皆幸いな人生を求めますが、ソロモンは愚かになって(伝道者の書2章3節)、すなわち創造者なる神をご存じないこの世の人々の目線に立って、「日の下」「天の下」という言葉をもってこの世を表現され、この世のあらゆる分野を探索しましたが、「空の空。伝道者は言う。空のくう。すべては空。(伝道者の書1章2節)」と、この世は一時的な幸せ感を与えることができても最終的には空しか与えることができないことを結論づけられ、幸いなのは「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。神は、善であれ悪であれ、すべての隠れたことについて、すべてのわざをさばかれるからだ。(伝道者の書12章13節ー14節)」と、死後、人はこの世での生き方を神に吟味される立場にあるがゆえに、神を恐れる、すなわち畏敬の念をもって神を誉めたたえ、神の命令、すなわちみことばに生きることに尽きる、と警告しています。ペテロが「主よ。ごいっしょになら、牢であろうと、死であろうと、覚悟はできております。」とイエス様に申し上げても、イエス様が仰せられたように三度イエス様を知らない、と言ったように、人のことばは事情によってひるがえるような弱さがありますが、みことばは真理であり、とこしえに変わることがないものであり、イエス様が仰せられたように、どんな状況下にあっても揺るがない人生の土台を得ることができるのです。今日の聖句「みことばに心を留める者は幸いを見つける。主に拠り頼む者は幸いである。」を心に据えて、人のことばに惑わされないように、恵みのみことばをしっかりに握って、サタンとサタンの最大の武器である死に勝利された主に拠り頼む、すなわち私たちの願いをお聞きくださる主を信頼してこの世が与えることのできない平安を主からいただき、この世が与えることのできない幸いな人生を歩もうではありませんか。