御名を知る者はあなたに拠り頼みます。主よ。あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりません。(詩篇9篇10節)

1.ルカの福音書10章17節―20節
2.使徒の働き2章15節―39節
3.使徒の働き3章1節―16節
4.ローマ人への手紙10章1節―13節

モーセが神に「今、私はイスラエル人のところに行きます。私が彼らに『あなたがたの父祖の神が、私をあなたがたのもとに遣わされました。』と言えば、彼らは、『その名は何ですか』と私に聞くでしょう。私は何と答えたらよいのでしょうか。」と尋ねると、神は「あなたはイスラエル人にこう告げなければならない。『わたしはあるという方が、私をあなたがたのところに遣わされた。』と。」また「あなたがたの父祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神、主が、私をあなたがたのところに遣わされた、と言え。これが永遠にわたしの名、これが代々にわたってわたしの呼び名である。」と、仰せられたのですが、イエス様は「わたしと父とは一つです。(ヨハネの福音書10章30節)」と仰せられ、「あなたがたは今まで、わたしの名によって求めたことはありません。求めなさい。そうすれば受けるのです。それはあなたがたの喜びが満ち満ちたものとなるためです。(ヨハネの福音書16章24節)」と仰せられました。主の御名、すなわちイエス様の御名によって祈ることはモーセが経験したように「アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神」をキリストにあって経験させていただくのではないでしょうか。悪霊が服従しなくてはならないほどの権威(ルカの福音書10章17節)が、モーセを用いて数々の奇蹟をもって現された威力が主の御名にあることを思い起こし、今日の聖句が「御名を知る者はあなたに拠り頼みます。主よ。あなたはあなたを尋ね求める者をお見捨てになりません。」と語っているように、誤解されたり、無視されたり、裏切られたり、理解してもらえず捨てられたような思いに駆られても、さまざまな試練の中にあっても主はお見捨てにならないことを心に据え、主の御名を知る者とされた特権を感謝し(ヨハネの福音書17章6節)、主を信頼し、主を誉めたたて生きようではありませんか。