サムエルはエリアブを見て、「確かに、主の前で油を注がれる者だ」と思った。しかし主はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るように見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」(サムエル記第一16章6節―7節)

1.エレミヤ書17章9節―10節
2.詩篇139篇1節―4節
3.マタイの福音書15章1節―12節
4.ヨハネの福音書2章23節―25節

サムエルはエリアブを見て、「確かに、主の前で油を注がれる者だ」と思ったように、人はとかく五感や想像力を働かせて物事を判断したり、人の評価をくだしてしまいがちですが、パウロは「兄弟たち。私はあなたがたに願います。あなたがたの学んだ教えにそむいて、分裂とつまずきを引き起こす人たちを警戒してください。彼らから遠ざかりなさい。そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。(ローマ人への手紙16章17節―18節)」と、ことばで人を騙すような人の根本的な問題点を指摘するとともに、人のことばによって心がほんろうされないように忠告しています。ダビデが「主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそ私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ。あなたはそれをことごとく知っておられます。(詩篇139篇1節―4節)」と、主は人の行動のみならず心をもご覧になっておられることを、主がサムエルに「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るように見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」と仰せられたように、神の評価は人とは異なることを心に据えて、パウロが「何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。(ピリピ人への手紙4章6節−7節)」と勧めているように、心が守られるために主がすべての人の心だけでなく、自分の心をもご存じであることをわきまえて主を仰ぎ見て、主を信頼して生きようではありませんか。