あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。(ヤコブの手紙5章13節)

1.申命記8章1節―18節
2.詩篇103篇1節―14節
3.ホセア書13章4節―6節
4.ローマ人への手紙8章15節―28節

モーセは民に「気をつけなさい。私が、きょう、あなたに命じる主の命令と、主の定めと、主のおきてを守らず、あなたの神、主を忘れることがないように。あなたがたが満ち足り、りっぱな家を建てて住み、あなたの牛や羊の群れがふえ、金銀が増し、あなたの所有物がみな増し加わり、あなたの心が高ぶり、あなたの神、主を忘れる、そのようなことがないように。・・あなたは心のうちで『この私の力、私の手の力が、この富を築き上げたのだ』と言わないように気をつけなさい。」と神を忘れないように話されました(申命記8章11節―14節)。興味深いことに、エフライムの人々は矢をつがえて弓を射る者でしたが、神のおしえや神の数々のみわざと神が見せてくださった多くの奇しいこととを忘れたために、戦いの日には退却してしまった、と詩篇78篇9節―11節にあります。イスラエルの民は全員主が紅海を二つに分けられ民が無事対岸に着くと海を元に戻されたためにエジプト軍が全員溺死したことを見て、神と神の力がどのようなものであるかを知ったにもかかわらず、「私たちが行き巡って探った地は、その住民を食い尽くす地だ。私たちがそこで見た民はみな、背の高い者たちだ。私たちはネフィリム人、ネフィリム人のアナク人を見た。私たちには自分がいなごのように見えたし、彼らにもそう見えたことだろう。」と、約束の地を探って来た者のうち約束の地について悪く言いふらした者の意見を信じて、「主にそむいてはならない。」と言ったカレブとヨシュアを石で打ち殺そうとしたのでした(民数記13章32節ー14章10節)。主を忘れると、自分を誇って高ぶったり、恐れに支配されてしまうのではないでしょうか。今日の聖句が「あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。喜んでいる人がいますか。その人は賛美しなさい。」と語っているように、高ぶりや恐れに支配されないように、どんなときにも主を忘れずに生きようではありせんか。