私は栄光輝くあなたの主権と、あなたの奇しいわざに思いを潜めます。(詩篇145篇5節)

1.ダニエル書4章24節―37節
2.ダニエル書6章4節―27節
3.エペソ人への手紙1章20節―21節
4.テモテへの手紙第一6章9節―16節

アダムは神から善悪の知識の木から取って食べたならその時必ず死ぬので食べないように言われていたにもかかわらず、悪魔のことばを信じて食べたエバから渡されると食べて罪を犯して以来、人は神によって創造された被造物であるにもかかわらず、自分を主権者として生きるようになってしまったのです。ですから、パウロは、キリストを信じる前は、この世と調子を合わせて世全体を支配している悪魔に支配されていただけでなく、自分の肉の欲の中に生き、肉と心の望むままを行っていたので、その結果、神の御怒りを受かるべき状態にあったことを語っていますが(エペソ人への手紙2章1節―3節)、そのような状態から救うために神は御子イエス様をこの世にお遣わしになり、イエス様を信じることによって悪魔の支配だけでなく、肉の働きからも解放してくださったのでした。ですから、キリストを信じたなら、神との関係が回復し、もはや自分に生きるのではなく、キリストに生きる、すなわち自分を主権者としていた者が、まことの主権者は主であることを認め、主権者が変わることを意味するのではないでしょうか。ネブカデネザル王はダニエルが高ぶらないように警告したにもかかわらず、「この大バビロンは、私の権力によって、王の家とするために、また、私の威光を輝かすために、私が建てたものではないか。」と宮殿の屋上で言っているうちに主が「ネブカデネザル王、あなたに告げる、国はあなたから取り去られた。あなたは人間の中から追い出され野の獣とともに住み、牛のように草を食べ、こうして七つの時があなたの上を過ぎ、ついに、あなたは、いと高き方が人間の国を支配し、その国をみこころにかなう者にお与えになることを知るようになる。」と仰せられたように、彼はホームレスになったのですが、七つの時が終わったとき、彼が目を上げて天を見ると理性が戻り、今日の聖句が「私は栄光輝くあなたの主権と、あなたの奇しいわざに思いを潜めます。」と語っているように、彼は「私はいと高き方をほめたたえ、永遠に生きる方を賛美し、ほめたたえた。その主権は永遠の主権。その国は代々限りなく続く。地に住むものはみな、無きものとみなされる。彼は天の軍勢も、地に住むものも、みこころのままにあしらう。・・・天の王を賛美し、あがめ、ほめたたえる。そのみわざはことごとく真実であり、その道は正義である。また高ぶって歩む者をへりくだった者とされる。」と真の賛美者、礼拝者になったのでした。真の礼拝者として生きるために、十字架で贖われ、主のものとされていること、主が主権者であることを自覚しようではありませんか。