すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐のかぎりを尽くし、また祈りなさい。また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。(エペソ人への手紙6章18節―19節)

1.出エジプト記4章1節―17節
2.ルカの福音書12章8節―12節
3.使徒の働き4章1節ー31節
4.コロサイ人への手紙4章2節―6節

パウロは敵は人ではなく目に見えない悪魔や悪霊であることを語ってから、神のすべての武具―真理の帯、正義の胸当て、平和の福音、信仰の大楯、救いのかぶとーを身につけるように進めていますが、集約するとキリストを着ることであり、その上に「御霊の与える剣である神のことばを受け取りなさい。」と勧めてから(エペソ人への手紙6章10節ー17節)「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐のかぎりを尽くし、また祈りなさい。」と、祈る時に気をつけなくてはならないのは、自分の欲を満たそうとするような、神に反抗するような肉の思いで(ローマ人への手紙8章7節)祈るのではなく、すべてのことを探り、神の深みにまで及ばれ、神のみこころを知らしめてくださる御霊によって祈るように勧めるとともに、「私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。」と宣教の働きが押し進められるようにパウロの自身のためにも祈ってほしいという願いを語っています。パウロは世の人々と同じように肉の働きが強かったコリントの教会に行った時、「あなたがたといっしょにいたときの私は、弱く、恐れおののいていました。そして、私のことばと私の宣教とは、説得力のある知恵のことばによって行われたものではなく、御霊と御力の現れでした。それは、あなたがたの持つ信仰が、人間の知恵にささえられず、神の力にささえられるためでした(コリント人への手紙第一2章3節―5節)」と証しておられますように、弱さを覚えるときこそ、霊的なことに鈍感になるように眠らせようとする悪魔の策略に陥らないように、神の霊感によって書かれているみことばや神の約束を握って福音宣教の働きが前進するように、聖職者はじめすべてのキリスト者のために祈ろうではありませんか。