だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。(コリント人への手紙第二5章17節)

1.ローマ人への手紙5章20節―6章11節
2.コリント人への手紙第二3章17節―18節
3.コリント人への手紙第二4章15節―18節
4.エペソ人への手紙2章1節―10節

新しい年を迎えると新鮮な気分になり、今年こそは、という思いで一年をスタートしますが、しばらくするとその新鮮さも色あせてしまうのではないでしょうか。問題はエレミヤ書17章9節が「人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。」と語っているように、人の心は自分の力では直すことができない、すなわち人はこの世を去るまで、罪を積み上げながら生きているために、罪を犯す前の状態に戻ることは不可能であることを語っています。しかし、今日の聖句「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」は自分の心に罪があることを知り心の葛藤を覚えたパウロのことばであり(ローマ人への手紙7章18節-24)、直らないという不可能な状態から脱却できる道は罪を取り除いてくださるキリストにあることを語るとともに、「主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです(コリント人への手紙第二3章18節)。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています(コリント人への手紙第二4章16節)。」と、この世や人の知恵や努力では得られない世界を語っています。今年、どれほどの失敗を犯すのか、同じ失敗を何度繰り返すのかわかりませんが、主は後悔する人生を与えられたのではなく、どんなことも益としてくださる神が私たちの神であることを知るようにしてくださったのです(ローマ人への手紙8章28節)。罪に定められないようにとりなしていてくださる恵みとまことに満ちておられるキリストにある者とされていることを感謝し、日々内なる人を新しくしてくださる御霊を与えてくださった主をほめたたえて生活しようではありませんか。