私の福音に言うとおり、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。(テモテへの手紙第二2章8節)

1.ヨハネの福音書13章3節―15節
2.ヨハネの福音書15章8節ー12節
3.ピリピ人への手紙2章3節ー16節
4.ピリピへの手紙3章2節ー15節

パリサイ人として生きていた時、サウロとも呼ばれていたパウロは自分の義に生きてイエスの名に強硬に反対してキリスト者を迫害していたのですが、キリスト者になり、ユダヤ人から迫害される身となり、彼の人生は逆転したのですが、キリスト・イエスにある神の愛がどのようなものであるかを深く知る者になられ、「兄弟たち。私の心の望みとして、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。(ローマ人への手紙10章1節)」と、イエス様が「自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。(マタイの福音書5章44節)」と仰せられたように彼を迫害しているユダヤ人が救われることを願うような人に変えられたのですが、その秘訣は今日の聖句「私の福音に言うとおり、ダビデの子孫として生まれ、死者の中からよみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。」にあるように、神でありながら罪人の救いのために父なる神のご計画にそってご自身をささげられたイエス様の苦しみを思うとともに、苦しみや死の後、復活によって完全な勝利をおさめられたイエス様をいつも思い、イエス様が仰せられたようにイエス様を模範として生きられたからではないでしょうか。苦悩するときには十字架にかけられたイエス様の苦しみを思い起こすとともに、イエス様を信じたことによって全生涯の罪が取り除かれ永遠の死(地獄)から救われていることを、死からよみがえられたイエス様と同じ姿に変えられることを忘れずに、ヤコブが苦しんでいる人は祈り、喜んでいる人は賛美するように勧めているように(ヤコブの手紙5章13節)、パウロのようにどんな状況にあっても心が元気を失い、疲れ果ててしまわないために信仰の創始者であり完成者であるイエス様のことを思って生きようではありませんか(ヘブル人への手紙12章2節ー3節)。