いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。(ピリピ人への手紙4章4節)

1.ネヘミヤ記8章1節―12節
2.詩篇32篇10節―11節
3.ローマ人への手紙4章25節―5 章11節
4.コリント人への手紙第二6章1節―10節

「私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害していたからです。ところが、神の恵みによって、私は今の私になりました。そして、私に対するこの神の恵みは、むだにはならず、私はほかのすべての使徒たちよりも多く働きました。しかし、それは私ではなく、私にある神の恵です。(コリント人への手紙第一15章9節―10節)」と、神の恵みを知ったパウロは、ユダヤ人から迫害を受け多くの苦しみを受け囚人としてローマ人の手に渡されただけでなく、自分を誇っているキリスト者からも非難されるようなことを経験されても「悲しんでいるようでも、いつも喜んでおり、貧しいようでも、多くの人を富ませ、何も持たないようでも、すべてを持っています。(コリント人への手紙第二6章10節)」と語っています。彼は番兵付きでしたが二年間ローマで神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを妨げられることをなく教えられ、「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」と勧めていますが、その理由を、主にあって喜ぶことは安全のため、と語っています(ピリピ人への手紙3章1節)。ネヘミヤはみこばを理解して悲しんでいる民に「きょうは、あなたがたの神、主のために聖別された日である。悲しんではならない。泣いてはならない。・・主を喜ぶことは、あなたがたの力であるから。」と言われました。罪が赦され、神の義が与えられ、救われていることを忘れずに、主を喜んで生きようではありませんか(イザヤ書61章10節)。