愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現れたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜなら、そのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。(ヨハネの手紙第一3章2節)

1.ローマ人への手紙815節―24
2.コリント人への手紙第一134節―12
3.エペソ人への手紙21節―9
4.ピリピ人への手紙3章17節―4章1節

ヨハネの福音書1章10節―13節は「この方はもとから世におられ、世はこの方によって造られたのに、世はこの方を知らなかった。この方はご自分のくにに来られたのに、ご自分の民は受け入れなかった。しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、神によって生まれたのである」と、この方、すなわちイエス様を信じた人は神の子とされること、しかし、それは両親から受け継いだ血や血筋ではないことを語っていますが、親子関係には血のつながりが必要です。十字架で流されたイエス様の血によって神との親子関係が確立されたのではないでしょうか。みことばによって神の子とされていることを知っていても、あまり神の子とされている実感を持たずに生活してしまいがちですが、今日のみことばにあるように、主を信じたなら、聖霊によって新しく生まれ、神の子とされており、パウロが「キリスト・イエスにおいて、ともによみがえらせ、ともに天の所にすわらせてくださいました。(エペソ人への手紙2章6節)」と語っているように、この世に生きていても天に属する者とされているのです。しかも、イエス様が再臨されるとき(空中再臨=携挙、コリント人への手紙第一15章52節―53節)、キリスト者は一瞬のうちに空中に引きあげられ空中でありのままのイエス様のお姿を見て、私たちもイエス様と同じように栄光の姿に変えられるのです。それはすべて恵みによるのです。すでに神の子とされていることを感謝して主をほめたたえ、助けが必要な時にはあわてずに「アバ。父」と、全知全能の神でありながら私たちの父である天のお父様に助けを求めようではありませんか。