あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。(詩篇56篇13節)

1.出エジプト記1321節―22
2.詩篇167節―11
3.詩篇54篇1節―4節
4.ヨハネの福音書5章24節―26節

獄中でキリストのみわざについて聞いたバプテスマのヨハネは弟子を遣わして「おいでになるはずの方はあなたですか。それとも、私たちは別の方を待つべきでしょうか。」と尋ねさせたので、イエス様は「あなたがたは行って、自分たちの聞いたり見たりしていることをヨハネに報告しなさい。目の見えない者が見、足のなえた者が歩き、ツアラトに冒された者がきよめられ、耳の聞こえない者が聞き、死人は生き返り、貧しい者たちに福音が宣べ伝えられている。だれでもわたしにつまずかない者は幸いです。(マタイの福音書11章2節―6節)」と仰せられましたが、イエス様が弟子たちに「あなたがたはみなつまずきます。」と仰せられると、ペテロは「たとい全部の者がつまずいても、私はつまずきません。」と豪語しましたが、結局ペテロは三度イエス様を知らないと言ったのでした。弟子たちだけでなくパリサイ人たちもイエス様につまずいたのでしたが、死からよみがえられたいイエス様にお会いし、聖霊に満たされた弟子たちは、今日の聖句が「今日の聖句「あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。」と語っているように、迫害にあっても、もはやつまずく者ではなく、キリストの証人として生きられたのでした。イエス様についてヨハネの福音書1章4節は「この方にいのちがあった。このいのちは人の光であった。」と語っています。死に勝利した永遠のいのちが与えられていることを、理解できないようなできごとが起きても、主のご計画があることを心に据えて、この世の光であり、信仰の創始者である主の御前を歩ませていただこうではありませんか。