私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。(ペテロの手紙第一1章3節)

1.ヨハネの福音書1117節―44
2.コリント人への手紙第一1517節―22
3.ペテロの手紙第一118節―21
4.ヨハネの手紙第一55節―13

イエス様はマルタに「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことはありません。このことを信じますか。」と、尋ねると、彼女は「はい。主よ。私は、あなたが世に来られる神の子キリストである、信じています。」と答えたのでしたが、イエス様が墓をふさいであった石を取りのけるように話されると、マルタが「主よ。もう臭くなっておりましょう。四日になりますから。」と、言ったので、イエス様は「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。」と仰せられ大声で「ラザロよ。出てきなさい。」と叫ばれると、ラザロは手足を布でまかれたまま墓から出てきたのでした(ヨハネの福音書11章17節―44節)。弟子たちはイエス様から、何度かご自身の死と復活について話されたのを聞いていただけでなく、イエス様がラザロを死からよみがえらされたことを見ましたが、イエス様がご自身のことを「わたしは、よみがえりです、いのちです。」と仰せられたイエス様のことばを信じていなかったのでした。なぜなら、イエス様が死からよみがえられたことによって弟子たちは聖書とイエス様が言われたことを信じることになったからであり(ヨハネの福音書2章22節)、今日の聖句が「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。」と、語っているように、死によって消滅するような、単なるもろい望みではなく、生ける望みを持つ者とされましたが、そのようになったのは復活にあることを語っています。イエス様は「人は、たとい全世界を手に入れても、まことのいのちを損じたら、何の得がありましょう。そのいのちを買い戻すのには、人はいったい何を差し出せば良いのでしょう。マタイの福音書16章26節」と仰せられましたが、ヨハネは「御子を持つ者はいのちを持っており、神の御子をもたない者はいのちを持っていません。私が神の御子の名を信じているあなたがたに対してこれらのことを書いたのは、あなたがたが永遠のいのちを持っていることを、あなたがたによくわからせるためです。」と、答えがキリストにあることを語っています。今日はイースターです。イエス様が死からよみがえられたことによって、キリスト者には永遠のいのちが、生ける希望が保証されていることを喜び、感謝するとともにコロナの恐怖の中にある方々に福音が届くように祈ろうではありませんか。