聞け。主が町に向かって叫ばれる。―御名を恐れることがすぐれた知性だー聞け。部族、町を治める者。(ミカ書6章9節)

1.列王記第一33節―12
2.伝道者の書129節−14節
3.使徒の働き68節―10
4.テモテへの手紙第一2章1節―6節

神はアダムに「「あなたは園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木から取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」と仰せられたように、人には自由意志と判断力が与えられていることがわかります。蛇に化身したサタンは、神がアダムに警告したときには存在していなかったエバに、神が禁じた善悪の知識の木から取って食べても決して死なないばかりか、目が開け、神のようになり、善悪を知るようになると、いつわりをもって罪を犯すように誘惑したためにエバには好ましく思って食べてからアダムに渡したので、アダムは神の警告よりも妻の声に従って食べたために、神が教えなかったこと、すなわち自分たちが裸であることを知り、いちじくの葉をつづり合わせて自分たちの腰のおおいを作り、神である主の声を聞くと、園の木の間に身を隠したのでした。神から問い詰められると、食べたことを神に謝罪せずに、「あなたが私のそばに置かれたこの女」と言い、神とエバに、エバも神に謝罪することなく蛇、すなわちサタンに責任転嫁をしたのでした。「知性」を辞書で引くと「物事を知り、考え、判断する能力。人間の、知的作用を営む能力。」とあります。彼らは判断ミスをしたのですが、その根底にヤコブの手紙1章14節ー15節が「人はそれぞれ自分の欲に引かれ、おびき寄せられて、誘惑されるのです。欲がはらむと罪を生み、罪が熟すると死を生みます。」と語っているように、欲に支配されたことによって神から与えられていた知性を間違った方向に使ってしまったのでした。それ以来、人にとって欲が神のような存在になり地上のことしか考えられないような状態で生きているのではないでしょうか(ピリピ人への手紙3章19節)。今日の聖句は「聞け。主が町に向かって叫ばれる。―御名を恐れることがすぐれた知性だー聞け。部族、町を治める者。」と、すぐれた知性は主の御名がどれほど力あるものであるかを知ることにであることを語るとともに、主がすぐれた知性を持つように支配者たちに働きかけていることを語っています。パウロが「まず初めに、このことを勧めます。すべての人のために、また王とすべての高い地位にある人たちのために、願い、祈り、とりなし、感謝がささげられるようにしなさい。(テモテへの手紙第一2章1節)」と勧めに従って、原発事故の廃棄物の処理、コロナ対策、貧困の問題などさまざまな問題を対処する立場にある世界中の指導者、政財界、教育界、知事や地域の指導者のために祈ろうではありませんか。