あなたを慕い求める人がみな、あなたにあって楽しみ、喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが、「主をあがめよう」と、いつも言いますように。(詩篇40篇16節)

1.詩篇577節―11
2.ローマ人への手紙15章4節ー6節
3.テサロニケへの手紙 第一5章16節ー24節
4.ヘブル人への手紙13章5節―15節

イザヤ書12章2節―6節は「見よ。神は私の救い。私は信頼して恐れることはない。ヤハ、主は、私の力、私のほめ歌。私のために救いとなられた。あなたがたは喜びながら救いの泉から水を汲む。その日、あなたがたは言う。『主に感謝せよ。その御名を呼び求めよ。そのみわざを、国々の民の中に知らせよ。御名があがめられていることを語り告げよ。主をほめ歌え。主はすばらしいことをされた。これを世界中に知らせよ。シオンに住む者。大声をあげて、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。』」と、救われていることを喜ぶとともに、世界宣教を勧めていますが、それは仮庵の祭りに大祭司がシロアムの池から水を汲んで神殿にその水を運ぶ水取りの儀式に歌われるそうです。興味深いことに、イエス様は、仮庵の祭りの終わりの大いなる日に「『だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる。』これは、イエスを信じる者が後になってから受ける御霊のことを言われたのである。(ヨハネの福音書7章37節―38節)」と語っているように、キリスト者には御霊、すなわち聖霊が与えられています。ところで、エペソ人への手紙1章14節は「聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。これは神の民の贖いのためであり、神の栄光がほめたたえられるためです。」と語っています。ヘブル人への手紙12章2節―3節が「信仰の創始者であり完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。あなたがたは罪人たちのこのような反抗を忍ばれた方のことを考えなさい。それは、あなたがたの心が元気を失い、疲れ果ててしまわないためです。」と、今日の聖句が「あなたを慕い求める人がみな、あなたにあって楽しみ、喜びますように。あなたの救いを愛する人たちが、『主をあがめよう』と、いつも言いますように。」と勧めているように、どんな状況にあっても主を見上げ、十字架の恵みを、救われている保証として聖霊が与えられていることを忘れずに、お互いに「主をあがめよう」と励ましあって主をほめたたえるとともに、主のお導きに従ってイエス様を人々に紹介しようではありませんか。