信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。(ヘブル人への手紙11章3節)

1.ヨハネの福音書11節―3
2.ローマ人への手紙4章4節ー24節
3.コリント人への手紙第二4章13節ー18節
4.ヘブル人への手紙1章1節ー3節

パウロが「学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。事実、この世が自分の知恵によって神を知ることがないのは、神の知恵によるのです。それゆえ、神はみこころによって、宣教のことばの愚かさを通して、信じる者を救おうと定められたのです。(コリント人への手紙 第一 1章20節―21節)」と語っているように、人は神によって創造されたので、潜在的に神の存在を知っているがゆえに、パウロが「人は神によって創造されたので、潜在的に神の存在を知っているがゆえに、「彼らは、自分では知者であると言いながら、愚かな者となり、不滅の神の御栄えを、滅ぶべき人間や、鳥、獣、はうもののかたちに似た物と代えてしまいました。(ローマ人への手外1章22節―23節)」と語っているように、キリスト者以外の方々は、造り主の代わりに造られた物を拝んで偶像に仕えることが敬虔なことと思い込んでいますし、さまざまな惑星に探索機を飛ばして地球誕生を解明しようとしていまが、すでに創世記1章において神のことばで天地万物を創造されたこと、すなわち地球誕生が、創世記2章においては人間誕生が、はっきりと語られていますが、その答えを持つために必要なのは、今日の聖句が「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。」と語っているように、信仰であることを語っています。イザヤ書55章11節は「わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」と、主のことばには成し遂げる力がある、という保証を語っています。みことばを信じて生活する信仰が与えられていることを、私たちの信仰がなくならないように祈っていてくださる主に感謝して生活しようではありませんか。