あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。(詩篇56篇13節)

1.ヨハネの福音書11節―8
2.ヨハネの福音書316節―21
3.ヨハネの福音書81節―12
4.ユダの手紙24節ー25節

今日の聖句詩篇56篇の冒頭に「指揮者のために。『遠くの人の、もの言わぬ鳩』の調べに合わせて、ダビデのミクタム。ペリシテ人がガテでダビデを捕らえたときに」とあります。ガテ出身でペリシテ人の代表戦士であったゴリアテとの戦いに「おまえは、剣と、投げ槍を持って、私に向かって来るが、私は、おまえがなぶったイスラエルの戦陣の神、万軍の主の御名によって、おまえに立ち向かうのだ。きょう、主はおまえを私の手に渡される。私はおまえを打って、おまえの頭と胴体から離し、きょうペリシテ陣営のしかばねを、空の鳥、地の獣に与える。すべての国は、イスラエルに神がおられることを知るであろう。この全集団も、主が剣や槍を使わずに救うことを知るであろう。この戦いは主の戦いだ。主はおまえたちをわれわれの手に渡される。」と宣言されたように石投げで放った小石がゴリアテの額に食い込み倒れたので、ゴリアテの剣でとどめを差して首をはねると、それを見たイスラエルとユダの人々も立ち上がってペリシテ人を打って勝利して凱旋したのですが、女性たちが「サウルは千を打ち、ダビデが万を打った。」と繰り返し歌ったのを聞いたサウルは非常に怒り、不満に思い「ダビデには万を当て、私には千を当てた。彼にないのは王位だけだ。」と言い、その日以来ダビデを疑いの目で見るようになり槍を投げつけて殺そうとしたのでしたが、ダビデは身をかわして助かったのでしたが、ダビデはサウルから逃れる方策として、ゴリアテの出身地であったガテに彼の剣をもって逃げ込んだので、すぐにダビデであることが判明してしまったので、ダビデは気が違ったようにふるまい、無事アドラムのほら穴に避難したのでした(サムエル記 第一17章45節―18章12節、21章1節―22章1節)。サウルもサウルの軍隊も恐れていたゴリアテを主の御名によって倒したダビデでしたが、自分のいのちを愛するがゆえにサウルを恐れ、自分の考えで行動したのですが、「あなたは、私のいのちを死から、まことに私の足を、つまずきから、救い出してくださいました。それは、私が、いのちの光のうちに、神の御前を歩むためでした。」と、救いは主がなされることであり、すべてのことの背後に神の御手があったことを認めたのでした。世全体は悪い者の支配下にあるためやみに覆われていますが、イエス様は「わたしは世の光です。わたしに従う者は、決してやみの中を歩むことがなく、いのちの光を持つのです(ヨハネの福音書8章12節)」と仰せられました。光は見えなかったものを見えるようにする力があります。キリスト者はイエス様によってこの世に遣わされている存在で(ヨハネの福音書17章18節)、世に属しているのではなく、人の光であるイエス・キリストに属する者であり、キリストにあって神の御前を歩む者とされているのでから、この世と調子を合わせるのではなく、つまずかないように守ることのできる(ユダの手紙24節)主を信頼して生活しようではありませんか。