私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から、彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。(エペソ人への手紙1章3節―4節)

1.詩篇1301節―8
2.イザヤ書113節―18
3.ゼカリヤ書31節―5
4.コロサイ人への手紙1章17節―22節

ヤコブの手紙3章2節が「私たちはみな、多くの点で失敗をするものです。もし、ことばで失敗しない人がいたら、その人は、からだ全体もりっぱに制御できる完全な人です。」と語っているように、学歴や地位、血筋や能力にかかわらず、すべての人はこの世に誕生してからこの世を去るまでの間、多くの失敗を繰り返す者であり、過去の失敗を思い出すたびに後悔しながら生きているのではないでしょうか。箴言20章9節は「だれが、『私は自分の心をきよめた。私は罪からきよめられた』と言うことができよう。」と問いかけていますが、神は人の知恵や力では解決できない罪や咎(失敗)、罪悪感や罪責感からも解放するために、御子イエス様をこの世にお遣わしになり、十字架で処理してくださっただけでなく、イエス様を信じる者に聖霊を与え聖なるものとしてくださったのでした(ローマ人への手紙15章16節)。今日の聖句「私たちの主イエス・キリストの父なる神がほめたたえられますように。神はキリストにあって、天にあるすべての霊的祝福をもって私たちを祝福してくださいました。すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前から、彼にあって選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。」を心に据え、間違いをして自分に失望するような時も、恐れや思い煩いが襲って来ても、母の胎に宿る前から、いやそれ以上に驚くべきことに世界の基が敷かれる前から神に選ばれている存在であることを信仰を完成させてくださるのもイエス様であることを、主から祝福されていることを感謝し、主をほめたたえようではありませんか。